背景
文化を通じた
安寧な社会の実現
20世紀という時代は、まるでジェットコースターのような100年間でした。激しい戦争や冷戦、植民地の独立、そして科学技術の進歩による原子力やコンピューターの誕生。人口は爆発的に増え、私たちの活動は地球全体へと広がっていきました。
その象徴が、1989年の「ベルリンの壁の崩壊」です。あのとき世界中の人々が、「これでようやく、対立のない平和な世界が来るんだ!」と胸を躍らせました。
しかし、その希望は甘かったのかもしれません。いま、ウクライナで続く武力衝突やアメリカとイランの緊張関係など、世界にはまた新しい「分断の壁」が次々と現れています。
インターネットで世界中が簡単につながれるようになったはずなのに、皮肉なことに、むしろお互いの「価値観の違い」や「歴史の捉え方のズレ」が浮き彫りになり、見えない壁が各地で高くなっているのです。
30年経っても解決しない
地球の環境問題
同じような分断は、環境問題にも起因しています。1997年、京都で開かれた「COP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)」。これは世界が初めて地球温暖化に対して「みんなで協力しよう」と一歩を踏み出した、歴史的なイベントでした。
それから約30年。科学は進歩し、地球が危ないデータは山ほど集まりました。それなのに状況はちっとも良くなっていません。むしろ、異常気象は毎年のように私たちの生活を脅かしています。「守らなきゃいけない」という理想と、「でも経済も大事だし…」という現実。ここにも、国や立場のあいだに深い溝(分断)が横たわっています。
AIの恐るべき
進化スピード
さらに今、AI(人工知能)が凄まじいスピードで進化しています。これまで人間にしかできないと思われていた「クリエイティブな領域」にまでAIが入ってきたことで、「人間の仕事や文化はどうなるの?」という新しい緊張感が生まれています。
効率や合理性をギリギリまで突き詰める「テクノロジー」と、あいまいで、余白や無駄があって、だからこそ豊かな「人間の文化」。
一見、このふたつはぶつかり合うように見えるかもしれません。でも、本当に必要なのは戦うことではなく「共存」です。
文化が「技術はどう使われるべきか」というブレーキやナビゲーションになり、技術が「文化の新しい可能性」を広げていく。
このお互いの掛け算の中にしか、私たちのワクワクする未来はありません。
なぜ今、
「文化」が必要なのか
21世紀に入り、世界は揺れ続け、コロナ禍は私たちの生活も価値観もガラリと変えてしまいました。まさに私たちは今、時代の大きな岐路に立っています。
こんな先の見えない不安な時代だからこそ、もう一度バラバラになった人類をつなぎ留める命綱があります。それが「文化」です。
文化とは、美術館に飾ってある古い遺産のことだけではありません。私たちが普段何を考え、どう行動するかという「心の根っこ」にあるものです。文化は自分たちの足元を支えてくれると同時に、「自分とは違う誰か」を想像し、言葉を交わすきっかけをくれます。
人類はこれまでも、文化を通じてすれ違いを乗り越え、お互いに共感し合ってきました。
逆に言えば、いま世界で起きている対立の多くは、相手の文化への「無理解」や「押し付け」から生まれています。
世界がバラバラになりかけている今だからこそ、「文化」を真ん中に置いて話し合いたい。